大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(行)39号 判決

第三九号事件原告・第九八九八号事件被告(以下原告という) 下山久蔵 外三名

第三九号事件被告(以下被告という) 東京都知事

第三九号事件被告・第九八九八号事件原告(同) 佐々木賢一

第九八九八号事件被告(同) 下山信乃 外一名

主文

一、原告らの請求を棄却する。

一、被告佐々木賢一と原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作との間において別紙第二物件目録記載の各土地が被告佐々木賢一の所有であることを確認する。

一、被告佐々木賢一に対し、被告下山信乃は別紙第二物件目録記載の第一および第二の土地につきそれぞれ東京法務局調布出張所昭和二五年九月一三日受付第三四二一号をもつてされた、原告小山末四郎は同第三の土地について同出張所同年一一月二〇日受付第四五〇八号をもつてされた各自作農創設特別措置法第一六条に基づく売渡しによる所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

一、被告佐々木賢一に対し、原告下山久蔵は別紙第二物件目録記載の第一および第二の土地を、原告小山末四郎は同第三および第四の土地を、原告杉田粂五郎と被告杉田金作はそれぞれ同第五の土地を、原告小家山文蔵は同第六および第七の土地を、それぞれその地上の耕作物を除去して、明け渡せ。

一、被告佐々木賢一のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用は原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  三九号事件について原告らの求める裁判

(一)  原告らと被告東京都知事との間において、同被告が原告下山久蔵に対し別紙第一物件目録記載の第一の土地につき、同小山末四郎に対し同第二の土地につき、同杉田粂五郎に対し同第三の土地につき、それぞれ昭和三三年八月二五日付、同小家山文蔵に対し同第四および第五の土地につき、それぞれ右同日付および昭和三七年三月八日付各売渡通知書取消通知書をもつてした売渡取消処分、ならびに被告佐々木賢一に対し右各土地につき昭和三三年八月二五日付買収令書取消通知書をもつてした買収取消処分はいずれも無効であることを確認する。

(二)  原告らと被告佐々木賢一との間において、別紙第一物件目録記載の第一の土地が原告下山久蔵の、同第二の土地が原告小山末四郎の、同第三の土地が原告杉田粂五郎の、同第四および第五の土地が原告小家山文蔵の各所有であることを確認する。

(三)  訴訟費用は被告東京都知事及び被告佐々木賢一の負担とする。

二  同事件について被告東京都知事および被告佐々木賢一の求める裁判

(一)  主文第一項同旨。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  九八九八号事件について被告佐々木賢一の求める裁判

(一)  主文第二項ないし第四項同旨および被告佐々木賢一に対し被告下山信乃は別紙第二物件目録記載の第一および第二の、原告下山久蔵、同小山末四郎、同杉田粂五郎は同目録記載の第七の各土地を、それぞれその地上の耕作物を除去して明け渡せ。

(二)  訴訟費用は原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作の負担とする。

(三)  右(一)中土地の明渡しを求める部分については仮に執行することができる。

四  九八九八号事件について原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作の求める裁判

(一)  被告佐々木賢一の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は同被告の負担とする。

第二三九号事件についての原告らの主張

一  別紙第一物件目録記載の各土地(以下これらの土地を本件土地という。)は、もと被告佐々木賢一(以下単に被告佐々木という。)の所有するものであつたが、被告東京都知事(以下単に被告知事という。)は昭和二四年にこれを旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法という。)に基づいて同被告より買収し、(以下単に本件買収処分という。)同法第一六条により同目録記載の第一の土地を原告下山久蔵に、同第二の土地を原告小山末四郎に、同第三の土地を原告杉田粂五郎に、同第四および第五の土地を原告小家山文蔵にそれぞれ売り渡した(以下単に本件売渡処分という。)。

ところが右本件買収ならびに売渡処分後の昭和二六年六月四日、被告佐々木は右各処分の前提である買収ならびに売渡計画に、在村地主を不在地主と誤認した違法があるとして所轄の世田谷西部地区農地委員会に対し本件土地の返還を求める陳情をしたところ、同農地委員会は同年七月一二日開催の委員会において、右のごとき違法があるとして右買収ならびに売渡計画を取り消す旨の決議をし、被告知事は右取消決議に基づいて、被告佐々木に対し、昭和三三年八月二五日付買収令書取消通知書を送付し、同通知書は同年九月三〇日同被告に到達し、また原告らに対しても、前記目録第一ないし第四の各土地については同年八月二五日付売渡通知書取消通知書を、同目録記載の第五の土地については昭和三七年三月八日付の売渡通知書取消通知書をそれぞれ送付し、右各通知書はそれぞれ昭和三三年九月三〇日及び昭和三七年三月一一日原告らに到達し、それぞれ、前記本件買収ならびに売渡処分を取り消す旨の処分をした(以下において、単に本件取消処分という。)。

二  しかしながら本件取消処分には次にのべるような違法がありそれは重大かつ明白なかしであるから、無効な処分というべきである。

(一)  被告知事の本件取消処分の理由は要するに、本件土地は被告佐々木から自創法第三条第一項第一号に該当する不在地主の所有する小作地として買収したものであるが、同被告は当時在村していたものであり、右にいう不在地主ではないから本件買収処分には在村地主を不在地主と誤認した違法があるということにある。

しかしながら、本件土地は被告知事のいうように自創法第三条第一項第一号により買収されたものではなく、同法第三条第五項第六号(昭和二四年法一五五号による同法改正前は第五号)により、「農地で所有権その他の権原に基づきこれを耕作することのできる者が現に耕作の目的に供していないもの」に該当するものとして買収されたのであるから、本件取消処分は存在しない違法を理由として、しかも適法な異議に基づかないでなされたものであり、明らかに違法である。

すなわち、本件土地は被告佐々木が訴外西沢茂市から買い受け、植木などを植えたまま放置していた休耕地であつてこれを小作している者もなく、仮に耕作されていた部分があつたとしても、本件買収ならびに売渡計画樹立当時(昭和二二年一二月二日)被告佐々木は一五歳の少年(昭和七年三月一二日生)であり、その父六郎は工学博士であり家族としてはその他に母のみの三人家族で農地を耕作する設備も能力もなかつたから、戦中戦後によくあつた家庭菜園の域をでないもので、自作農地といえるものではなかつたのである。

そこで、前記世田谷西部地区農地委員会は、念のため被告佐々木の母八重子の承諾を得た上で、これを自創法第三条第五項第六号に該当する農地として、買収ならびに売渡計画を樹立し、これに基づいて本件買収ならびに売渡処分がなされたものである。前記のごとく、当時において被告佐々木が在村していたことは明らかで、右農地委員会もその事実を知つていたのであるから、これを不在地主の所有する小作地として買収するはずがない。

(二)  仮に本件買収処分が自創法第三条第一項第一号によりなされたものであるとしても在村地主を不在地主と誤認することは明白なかしではないから、在村地主を不在地主と誤認したということは本件取消処分の理由とはならないといわなければならない。従つて被告知事の前記本件取消処分が違法無効であることは明らかである。

(三)  仮に本件買収並びに売渡処分が違法であつたとしても、被告知事は、以下に述べる理由によりそれを取り消すことはできない。

一定の行政処分によつて私人が何んらかの権利を取得した場合においても、その行政処分を取り消すことにより、その私人の権利を失なわせることは原則として認められるところであるにしても、これをいつでも取り消すことができるものとするときは法律関係の安定は甚だしく害され、特に右私人の権利を前提とする私法秩序は保ちがたいことになる。したがつて、右のごとき場合には行政処分の取消しにも自ずから制限が付されるべきであるが、特に本件のごとき買収ならびに売渡処分の取消しというような場合においては買収農地の売渡しを受けた者の利益を犠牲にしてもなお買収処分等の取消しをしなければならないほどの公益上の必要が存在しなければならないものと解すべきところ、本件において原告らは本件農地の売渡しを受けてからすでに一〇年以上も引続きこれを熱心に耕作しているのに対し、被告佐々木は耕作の経験も設備も能力もないのであるから、本件買収ならびに売渡処分が単に在村地主を不在地主と誤認してされた違法があるという形式的理由で右処分後一〇年もたつた今日においてこれを取り消し、本件土地を原告から取り上げ、これを被告佐々木に返還しなければならない理由は到底考えられず、そうすることは、むしろ、農地改革の方針、ひいては公共の利益に反するのみならず、私法秩序をみだすものとして許されないというべきである。この点からするも被告知事の本件取消処分が違法無効であることは明らかである。

三  仮に以上の主張がすべて理由がないとしても、原告らはそれぞれ前記売渡しを受けた各土地を昭和二二年一二月一日より今日まで一〇年以上所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有して耕作を続けて来、かつ、占有の始め善意であり無過失であつたから時効によりそれぞれ右各土地の所有権を取得した。よつて、原告らは本訴において右時効を援用する。

なお時効取得の起算日は、原告らに対する売渡通知書の交付により前記売渡処分がなされた昭和二四年一月二〇日ころとすべきではなく、原告らが事実上土地の引渡しを受けこれを自己のものと信じて耕作を開始した昭和二二年一二月一日とすべきであり、また自創法により国家から農地の売渡しを受けた者が、有効にその所有権を取得したと信ずるのは当然のことであり、そう信ずることに過失はないというべきであるから、占有の始め善意であり過失がなかつたことは明白であり、以来原告らは本件各土地を耕作し善良な農民としてすごしていることからみてもその占有が平穏、かつ公然であつたことは明らかである。

四  よつて原告らは被告知事に対し、本件各取消処分の無効確認を求めると共に、被告佐々木に対し、別紙第一物件目録記載の第一の土地が原告下山久蔵の、同第二の土地が原告小山末四郎の、同第三の土地が原告杉田粂五郎の、同第四および第五の土地が原告小家山文蔵の各所有であることの確認を求める。

第三三九号事件について被告知事の答弁と主張

一  原告ら主張の第二の一の事実は認める。

二(一)  同第二の二の(一)の事実のうち、本件買収処分に在村地主を不在地主と誤認してなされた違法があるという理由で、本件買収ならびに売渡処分が取り消されたこと、昭和二二年当時被告佐々木が在村地主であり、かつ、一五歳の少年であつたこと、その父六郎が工学博士であることは認めるがその余の事実は否認する。本件買収処分は自創法第三条第一項第一号により不在地主の所有する小作地として買収されたものであるから、在村地主であつたことが明白になつた以上、右買収処分及びこれを前提とする本件売渡処分を取り消すべきことは当然であつて、原告らの主張は理由がない。

(二)  同第二の(二)の主張は争う。

(三)  同第二の二の(三)についても争う。

第四三九号事件についての被告佐々木の答弁と主張

一  原告主張の第二の一の事実は認める。ただし、昭和三三年八月二五日付各取消通知書の到達日時は争う。

二(一)  同第二の二の(一)の事実のうち、本件土地が自創法第三条第一項第一号により不在地主の所有する小作地として買収されたにもかかわらず在村地主を不在地主と誤認した違法があるという理由で右買収処分ならびに売渡処分が取り消されたこと、被告佐々木が昭和二二年当時一五歳の少年で在村地主であつたこと、その父六郎が工学博士であつたことは認めるがその余の事実は否認する。

昭和二二年当時被告佐々木はすでにその父六郎、母八重子と共に世田谷区松原町四丁目三四八番地に居住し、本格的に本件土地を耕作し、馬鈴薯、野菜等を栽培し食糧を自給自足していた。同被告は耕作の経験もあり、農器具等も一通り取り揃えて持つていたので本件土地を耕作するのに何んらの支障はなかつたのである。にもかかわらずこれを不在地主の所有する小作地として買収したことは明らかに違法であり、取り消されるのは当然であつて、原告らの主張は理由がない。

(二)  同第二の二の(二)について。原告らの主張は争う。

(三)  同二の(三)についても争う。

三  同第二の三の主張について。

(一)  原告らがその売り渡された各土地を時効により取得したとの主張は争う。

原告らが本件土地の事実上の占有を開始したのは、原告らが主張するように昭和二二年一二月一日からではなく、昭和二三年秋ころからであるのみならず、時効取得の要件である所有の意思をもつてする占有を始めた時期は、本件売渡処分がされた時、すなわち売渡通知書が各原告らに交付された昭和二四年一月二〇日過ぎであると解すべきである。右売渡処分において本件土地の売渡しの時期を昭和二二年一二月二日と定めたのは観念的に法律上の所有権の移転時期を定めたものにすぎず、この時をもつて、所有の意思が生じたものとすることはできないことは明らかである。

また原告らが本件土地を所有の意思をもつて占有を始めるについて善意でなかつたことは前記の諸事実に照らし明白であるから、この点よりするも取得時効は完成しない。

(二)  仮に原告らがその主張のように本件土地を所有の意思をもつて占有を始めてより一〇年を経過したとしても、右時効は中断している。

すなわち、被告佐々木は昭和三二年一二月九日、原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作に対し、本件土地の所有権確認ならびに所有権取得登記の抹消登記手続および明渡しを求める訴を東京地方裁判所に提起しているから、これにより、原告ら主張の時効は中断している。

第五九、八九八号事件についての被告佐々木の主張

一  別紙第二物件目録記載の各土地は、被告佐々木の所有であつたところ、被告東京都知事は昭和二二年一二月二日の買収計画によりこれを自創法第三条第一項第一号により買収し、昭和二四年一月二〇日付をもつて同法第一六条により同目録記載の第一および第二の土地は原告下山久蔵に、同第三および第四の土地は原告小山末四郎に、同第五の土地は原告杉田粂五郎に、同第六および第七の土地は原告小家山文蔵にそれぞれ売渡処分をしたが、前記のごとく昭和三三年八月二五日付をもつて右各買収処分ならびに売渡処分を取り消した(ただし、同目録記載の第七の土地についての売渡処分の取消しは昭和三七年三月八日付の文書でされている。)ので、右各土地の所有権は被告佐々木に復帰し、原告らはその所有権を失うに至つた。

二  ところで右第一および第二の土地については訴外国から被告下山信乃のために東京法務局調布出張所昭和二五年九月一三日受付第三四二一号をもつて、第三の土地については原告小山末四郎のために同出張所昭和二五年一一月二〇日受付第四五〇八号をもつて、自創法第一六条に基づく政府売渡しを原因とする所有権取得登記がされている。

また、原告下山久蔵と被告下山信乃は右第一および第二の土地を原告小山末四郎は第三および第四の土地を、原告杉田粂五郎と被告杉田金作は第五の土地を、原告小家山文蔵は第六の土地を、原告下山久蔵、同小山末四郎、同杉田粂五郎、同小家山文蔵は共同して第七の土地を耕作のため占有している。

よつて、原告らおよび被告下山信乃、被告杉田金作に対し右各土地の所有権が被告佐々木に帰属することの確認を求めると共に、被告下山信乃および原告小山末四郎に対し前記各登記の抹消登記手続、ならびに原告下山久蔵と被告下山信乃に対し右第一および第二の土地を、原告小山末四郎に対し第三および第四の土地を、原告杉田粂五郎と被告杉田金作に対し第五の土地を、原告小家山文蔵に対し第六の土地を、原告ら全員に対し第七の土地を、それぞれ地上の耕作物を除去して被告佐々木に明け渡すことを求める。

三  原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作の主張に対する反論

前記各土地が、自創法第三条第一項第一号により買収されたものであることは、前記第四の二の(一)記載のとおりである。本件買収処分について、被告佐々木の母八重子が承諾した事実はない。時効取得の主張が理由のないことは同第四の三記載のとおりである。

その余の主張もすべて同第四記載のとおりである。

第六九、八九八号事件についての原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作の答弁と主張

一  被告佐々木主張の第五の一の事実のうち、別紙第二物件目録記載の各土地が自創法第三条第一項第一号により買収されたこと、同被告が現在右土地の所有者であることは否認する。その余の事実はすべて認める。

二  同二の事実のうち、被告下山信乃が被告佐々木主張の土地を耕作し占有していることおよび原告らが前記第七の土地を耕作し占有していることは否認するが、その余の事実は認める。

三  右各土地は自創法第三条第五項第六号により適法に買収され原告らに売り渡されたものであつて、被告知事の右の買収ならびに売渡処分の取消処分が違法無効であり、被告佐々木にその所有権が復帰するいわれのないことは、前記第二の二の(一)、(二)および(三)に記載のとおりであり、仮に被告知事の右取消処分が適法有効であるとしても、原告らは同三記載のように売渡しを受けた各土地を時効により取得しているから、いずれにしても被告佐々木はもはや右各土地の所有権者ではなく、同被告の主張は理由がない。

第七証拠関係〈省略〉

理由

一  別紙第二物件目録記載の各土地(弁論の全趣旨によると別紙第一物件目録記載第一の土地と同第二物件目録記載の第一および第二の土地、同第一物件目録記載の第二の土地と同第二物件目録記載の第三および第四の土地、同第一物件目録記載の第三の土地と同第二物件目録記載の第五の土地、同第一物件目録記載の第四の土地と同第二物件目録記載の第六の土地は表示において若干のちがいはあるがそれぞれ同一の土地を指すものであると認められるので、以下において本件各土地を表示する場合は、別紙第二物件目録の表示による。)が被告佐々木の所有であつたところ、被告知事がこれを昭和二四年自創法に基づいて買収し、同目録記載の第一および第二の土地を原告下山久蔵に、同第三および第四の土地を原告小山末四郎に、同第五の土地を原告杉田粂五郎に、同第六および第七の土地を原告小家山文蔵にそれぞれ同法第一六条に基づいて売り渡したこと、右買収ならびに売渡処分後の昭和二六年六月被告佐々木がした本件土地返還陳情に基づき、本件土地所管の世田谷西部地区農地委員会において同年七月、本件買収並びに売渡処分の前提となつた買収ならびに売渡計画の取消決議をし、右決議に基づいて被告知事は昭和三三年八月二五日付文書で被告佐々木に対し本件買収処分の取消処分、同日付(ただし、同目録記載の第七の土地については昭和三七年三月八日付)文書で本件各土地の売渡しを受けたそれぞれの原告らに対し本件売渡処分の取消処分をしたことは当事者間に争いのないところである。

二  ところで、三九号事件および九、八九八号事件の争点は、いずれも、第一に、本件取消処分の効力の有無、第二に、本件各土地の原告らによる時効取得の有無の二点にあることが明らかであるから、まず第一に、本件取消処分の効力について検討してみる。

(一)  行政処分が違法である場合、処分庁は、原則として適法な異議がなくても職権でこれを取消しうることは明らかであるから、この点に関する原告らの主張は理由がない。そして本件取消処分の理由は要するに本件買収処分は自創法第三条第一項第一号の不在地主の所有する小作地としてされたものであるが、所有者である被告佐々木は買収前より同被告肩書住所地に居住し、右にいう不在地主でないことが明白になつたので、本件買収処分ならびにこれを前提とする本件売渡処分を違法として取り消すというにあること、および同被告が右にいう不在地主ではなく在村地主であつたことは当事者間に争いがない。しかしながら原告らおよび被告下山信乃、同杉田金作(以下において上記被告両名をふくめて単に原告らということがある。)は、本件土地は、被告知事のいうように自創法第三条第一項第一号により買収されたものではなく、同法第三条第五項第六号の在村地主の所有する不耕作地として買収されたものであるから、右のごとき在村地主を不在地主と誤認したという理由では本件買収処分ならびに売渡処分を取り消すことはできないと主張し、本件取消処分の違法無効を主張するので、まず本件買収処分が自創法第三条第一項第一号によつてされたものであるか、同条第五項第六号によつてされたものであるかを審究するに、当裁判所は次のごとき理由によつて、本件買収処分は自創法第三条第一項第一号によつてされたものであると考える。

(1)  成立に争いのない丙第一、第三号証、証人三浦伊沃烏の証言によりその成立を認めうる同第四号証の一、二ならびに同証人の証言によると、本件各土地の買収計画書は世田谷西部地区農地委員会保管の買収計画書綴りのうちの、不在地主の所有する小作地の買収計画書、および保有制限をこえる農地を所有する在村地主からのいわゆる超過買収の計画書の綴りに綴り込まれており、しかも本件買収処分が超過買収としてされたものではないこと、本件土地の買収計画書には被告佐々木の住所は自創法にいう不在地主に該当する赤坂区青山南町六の三一と表示されていることおよび本件買収処分が行なわれたころ、世田谷西部地区農地委員会において自創法第三条第五項に基づきいわゆる認定買収として計画を樹立した農地の買収計画に関する書類は「認定買収計画控」の綴りとして右の綴りとは別に同農地委員会において保管されてきており、その綴りによると当時認定買収がなされたのは訴外日本麦酒株式会社、同帝国生命保険株式会社、同東宝映画株式会社、同日本アルミニユーム株式会社、同吉篠静子の所有する土地のみであることが認められ、右認定に反する証拠はなにもない。

(2)  以上の認定事実と成立に争いのない甲第五ないし第八号証の各一、二、第一五号証、証人田子茂雄、同清水弥太郎、同金子秀雄、同石井直平の各証言により真正に成立したと認める乙第一ないし第三号証、証人佐々木八重子の証言により真正に成立したと認める乙第五号証、証人石井直平の証言に徴し真正に成立したものと認める乙第七号証の一、二、成立に争いのない乙第六号証および乙第一三号証の一ないし五(ただし、乙第四号証の四と乙第一三号証の五は同じもの。)ならびに右各証人および証人杉田源之助、同杉田俊雄、同吉川佐五七の各証言、ならびに原告ら各本人尋問の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(イ) 戦後自創法の施行に伴い、同法による農地買収をするについて、本件土地の管轄農地委員会である世田谷西部地区農地委員会においては買収相当農地につきいわゆる一筆調査を行つたが、本件土地については昭和二二年四、五月ごろ農地委員補助員である原告下山久蔵を班長とし、班員として原告杉田粂五郎、訴外杉田源之助、同杉田俊雄らが加わつた合計一一名の烏山上宿地区担当の調査班が、当時の農地委員訴外田子茂雄や吉川佐五七の指導のもとに、その地積、地目、現況、耕作者および所有者の住所氏名等の調査を行つた。当時本件土地の所有者は被告佐々木であり、同被告の土地台帳等の公簿上の住所は東京都港区青山南町六丁目三一番地となつていたので、公簿上からみると同被告は自創法上の不在地主に該当することは明らかであつたが、右調査班員らは、同被告が右の住所に居住せず、本件農地の所在地である東京都世田谷区内の松原町四丁目三四八番地にその家族と共に居住し、自創法上にいうところの在村地主であつて、したがつて本件土地を不在地主の所有する小作地として買収の対象にすることはできないことを知つていた。

(ロ) ところで、本件土地二、〇〇〇坪余のうち別紙第二物件目録記載の第七の土地は昭和一一年二月二一日訴外小家山岩次郎より、その他の土地は昭和九年五月三一日訴外亡西沢茂市より、いずれも被告佐々木の父が同被告のために取得し、将来はいずれも宅地とする予定であつたが、当時右西沢茂市は右土地を畑として利用するかたわら、植木屋でもあつたので右土地内に多数の植木を植えていたところから、被告の父六郎はいちようなどの苗木やその他の植木類を相当多量に購入して植え、本件土地をいはゞ植木畑とし、その手入れは訴外池田直次郎にさせるかたわら、本件土地の西南隅に屋根付きの冠木門を作りまたそこから本件土地内部に通ずる小道を作りその道に沿つてちやぼ檜葉の並木を作るなどして本件土地を整備し、生育した植木はその一部を当時の東京市へ売却するなどしていた。ところがその後昭和一六、七年ころになつて戦争の激化するに伴い食糧事情が悪化して来たので、被告佐々木一家においても野菜等を自給するため、本件土地のほゞ中央部に畑を作り自家用野菜である大根、馬鈴薯などを作るようになり、当時はまだ前記公簿上の住所である青山南町から電車で通つて畑の手入などをしていたが昭和二〇年に右青山の住所が戦災にあつてからは現在の右住所に移り、本件土地にも近くなつたので被告佐々木の家族の者や同居人などもしばしば畑の手入れに行つていた。そして、前記一筆調査の時の本件土地の状況は、その中央部に前記の自家用野菜等を作つている畑(その面積については、前記証拠中には三〇坪位あるいは三〇〇坪位というものがあり、これを確定しがたいが、いずれにしても本件土地の全体に比すれば相当狭い部分であることが認められる。)があり、前記冠木門や小道のほかに、前記佐々木六郎が植えた銀杏、つつじ、椿、百日紅等の植木が相当量生育していたが、植木の間には雑草が相当生えており、また竹やぶのようになつているところもあり右畑の部分を除くと、前記調査員の眼からみると、管理が行き届かない荒廃地という印象を与えるものがあり、また、右畑の部分についても、専業の農家である右調査員からみると家庭菜園的なもので畑として充分によく利用されているとはいえない状態であつた。

(ハ) 本件土地が上記のごとく、管理が不充分の状態で、一見荒れているという印象を与えたことから、前記調査員らの間では、当時食糧難の時代でもあり、できるだけ多くの農地を造成することにより食糧増産を図ることが強く要請されていることでもあり、本件土地のように管理が不行届で充分に利用されていない土地は農民に解放するのが自創法の精神に合致することだとの考えが強かつたので、調査員らの中には、異論をさしはさむ者もあつたけれども、右のごとき土地は自創法第三条第五項第六号の認定買収の対象となり得るものだと主張する者があつたことなども影響して、結局、右調査員らは、自創法上のいかなる法条により買収すべきかの検討をしないまゝ、本件土地を買収すべきものとして前記農地委員会に報告したところ、同委員会の田子委員らにおいても、本件土地の状態からみて、これを買収して農民に解放するのが望ましいが、被告佐々木が在村地主であつて、これを買収するについて問題があるから結局被告佐々木から本件土地を買収することについての承諾があつたならばこれを買収しようということになり、まず本件土地を買収した場合の売渡しの相手方を事実上別紙第二物件目録記載の第一および第二の土地は原告下山久蔵に、同第三および第四の土地は原告小山末四郎に、同第五の土地は同杉田粂五郎に、同第六および第七の土地は原告小家山文蔵に予定した上、昭和二二年六月ころ原告下山久蔵、同杉田粂五郎、訴外杉田正吉らを、右承諾を求めるべく、被告佐々木の前記松原町の住居に派遣した。同被告は当時まだ未成年(昭和七年三月一三日生、この点は当事者間に争いがない。)で学生であり、当日も学校へ行つていて在宅せず、また同被告の父六郎も旅行中で不在であり同被告の母八重子が応待にでたので、右下山久蔵から同女に対し本件土地を農民に解放して食糧増産を図ることが時代の要請であることを強調して、本件土地の買収を承諾して貰いたい旨申し入れたところ、同女は、別に右下山久蔵らの態度に脅迫がましいところがあつたわけではなかつたが、当時農地買収の嵐が全国的に吹きまくつており、また同人らの態度にもすでに本件土地の買収されることが既定の事実であるかのごとき印象を与えるものがあつたので、自創法上当然に買収される土地であるならばやむを得ないことだと考え、旅行中の主人に右申入の趣旨を伝える旨答えたところ、右下山らは、右八重子の態度言動等からみて同女が買収を承諾したものと解し、その旨を農地委員会に報告した。

(ニ) 右下山らより、上記のような報告を受けた前記農地委員会は、右承諾により将来被告佐々木からなんらの異議もでないだろうと軽く考え、昭和二二年一二月二日同被告がその公簿上の住所である前記港区青山南町に居住するものとして、他の多くの不在地主の所有する小作地の買収ならびに売渡計画とともに一括審理して、不在地主の小作地として本件土地の買収ならびに売渡計画を樹立し、その後被告知事は右計画に基づいて、被告佐々木に対し買収令書、原告らに対し昭和二四年一月二〇日付売渡通知書を送付し、その売渡通知書は同月二〇日過ぎに各原告らに到達したが、買収令書は前記青山南町の公簿上の住所に送られたため、相当遅れて被告佐々木のところへ転送されて来た。

なお、右の買収ならびに売渡処分に先だち、売渡予定者とされていた原告らは、前記のごとき佐々木八重子との交渉によりすでに有効に本件土地の耕作権限を取得したものと考え、早速その耕作の準備にとりかかろうとしたが、前認定のように本件土地内には植木が相当量あり耕作の障害になるので、昭和二二年一〇月ころ、再び被告佐々木方を訪れ、右植木の除去を求めたところ、同被告方ではやむなくこれに応じ前記池田直二郎に右植木を取り除かせその一部を原告らに売却するなどして本件土地を原告らに明け渡したので、同年一一月に入つてから原告らはそれぞれへの売渡予定地に一般よりやゝ遅れて麦を播いた。そして、爾来今日まで引き続いて熱心に耕作を続けて来ている。

以上の事実を認めることができ、証人杉田俊雄、同田子茂雄、同佐々木八重子の各証言、原告下山久蔵、同杉田粂五郎の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、乙第一〇号証によると、原告らが第二回目に被告佐々木方を訪れたのは昭和二二年ではなく昭和二三年ではないかという疑いがないわけではないが、前掲各証拠に照らせば、なお前記認定を覆すに足るものとはいえず、他に本件土地が在村地主の不耕作地として買収されたことを認めて右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  以上の事実によると、前記世田谷西部地区農地委員会は、原告下山ら調査員から被告佐々木が本件土地の買収を承諾したとの報告があつたので、地主の承諾があれば買収してもさしつかえないと考え、被告佐々木が在村地主であることを知りながら不在地主の所有する小作地として自創法第三条第一項第一号に基づきこれを買収しこれを原告らに売渡す計画を樹立し、被告知事はこれに基づいて本件買収ならびに売渡処分をしたというのが本件土地の買収ならびに売渡しの真相であるということができる。

(なお、右のように本件土地が自創法第三条第一項第一号を法律上の根拠として買収処分がなされたことが明らかである以上、地元農地委員会において土地所有者の承諾を買収の実際上の理由ないし動機として買収計画を樹立したとしても、このことは本件買収処分の法律上の性質に影響を及ぼすものとは認めがたく従つて本件買収処分が自創法第三条第一項第一号に基づくものでないとすることはできない。

また、原告らは被告佐々木の母八重子(被告佐々木の法定代理人としての意味に解する。)が本件買収処分を承諾したと主張するが、同女と原告下山らとの交渉の経過は前記認定のとおりであつて、原告下山久蔵らが被告佐々木方を訪れて本件土地の買収につき承諾されたい旨の申入れを受けながらこれを放置し、さらに同原告らの要求により本件土地上の植木を除去してこれを原告らに明け渡していることからみれば、暗黙のうちに本件買収処分を承諾していたのではないかともみえるが、前記乙第一ないし第三号証、第六号証及び証人佐々木八重子の証言によれば、同女は原告下山らの申入れのあつた当時そのことを夫であり被告佐々木の父である六郎に伝え相談したが結局同人らは、そのような申入れがあつても同原告らは何らそのような権限をもつているものでないからいずれ正式に手続のあつた場合に何らかの処置を講ずればよいと考えたので、右のように原告らの要求に逆らわないで応待していたのであつて、決して買収を承諾していたものではなく、その後買収令書が同被告に送達されるや、調査の上昭和二六年には本件買収処分の違法を主張して前記農地委員会に陳情していることが認められるから、原告らの右主張は採用できない。)

(二)  そうだとすれば、前記のごとく被告佐々木が自創法第三条第一項第一号に該当するところのいわゆる不在地主でないことは当事者間に争いがないのみならず、前認定の事実によれば、被告佐々木が本件土地を取得してより何人にも小作させたことはなかつたのであるから、本件買収処分は同号の定める不在地主であることと小作地であることという二つの根本的な要件をいずれも充足していないことになり、同号に違反することが明白であり当然無効であるといわなければならない。従つて、被告知事において本件買収処分ならびにそれを前提とする本件売渡処分を違法として取り消したのは相当である。

原告らは、在村地主を不在地主と誤認しても明白なかしには当らないから、右誤認を理由としては本件買収処分を取り消すことはできないと主張するが前認定の事実によれば、本件土地の買収ならびに売渡計画を樹立するに際し、前記農地委員会は被告佐々木が在村地主であることを知つていながら、不在地主としてその計画を樹立し、被告知事においてもそのまゝこれを認めて、本件買収処分をしているのであるから、右のごときかしは明白なかしといえることは明らかであり、従つて原告らの右主張は理由がない。

(三)  次に原告らは本件買収ならびに売渡処分がかりに違法なものであつたとしても無制限に取り消しうるものではなく、特に右処分後一〇年余を経たのちにおいては特段の公益上の必要がないかぎり、これを取り消すことは私法秩序をみだすものであるから許されないと主張するので考えてみる。

各原告が本件土地を事実上被告佐々木から明け渡され、その耕作を開始したのは昭和二二年一一月ころであり、法律上正式に売渡通知書の交付があつて本件売渡処分がされたのは昭和二四年一月二〇日すぎころであり、またそのころよりやゝ遅れて本件土地についての買収令書が被告佐々木に送付されて本件買収処分がされたことは前記認定のとおりであり、被告佐々木に対する本件土地全部の買収処分の取消処分と、別紙第二物件目録記載の第一ないし第六の土地についての売渡処分の取消処分が昭和三三年八月二五日付の買収令書取消通知書および売渡通知書取消通知書の送付によつてされたことが当事者間に争いのないことも前記のとおりである、そして右売渡通知書取消通知書は原本の存在およびその成立に争いがない乙第一二号証の一、二によると同年九月三〇日にいずれも各原告に到達したことが認められ、右買収令書取消通知書もそのころ被告佐々木に到達したものと推認できる。また同第七の土地についての売渡処分取消処分は昭和三七年三月八日付の売渡通知書取消通知書が同月一一日原告小家山文蔵に到達したことは当事者間に争いがない事実である。してみれば本件買収処分と別紙第二物件目録記載の第一ないし第六の土地の売渡処分は処分後九年余を経て、同第七の土地の売渡処分は処分後一三年以上を経てそれぞれ取消されていることが明らかであり、また前認定のごとく原告らはこの間いずれもそれぞれの土地を熱心に耕作している農民であるが、弁論の全趣旨によれば被告佐々木一家で現在農業を営む者はなく、また、将来にわたつても農業を営む予定がないことが認められる。

ところで、本件買収、売渡処分は前記のように無効と解すべきであり、無効な行政処分は原則として処分庁がいつでも無効宣言の趣旨でこれを取消しうることは明白であるが、無効な行政処分でも処分後長年月を経て、その無効を宣言することにより相手方の信頼をいちじるしく裏切り、法律生活の安定を害し、社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすことがあるような場合はその無効を宣言し得ないものと解すべきであるから、本件について、右のごとき無効宣言の趣旨の取消権の行使を制限すべき事情があつたかどうかについて検討してみるに、前記のごとく昭和二四年に本件買収ならびに売渡処分が行われた約二年後の昭和二六年に被告佐々木から陳情があり、これに基づき地元農地委員会においては調査の上、同年七月に本件買収ならびに売渡処分の前提となる買収ならびに売渡計画の取消決議をしており成立に争いのない甲第一ないし第四号証の各一、二によると同月中にその旨いずれも各原告に通知されている事実が認められ、すでにその時から各原告においては、いずれ本件買収ならびに売渡処分が取り消されることが充分に予想できたものとみられることから考えると、その後現実に取り消されるまでなお相当の日時が経過しており、なお前記のような事情があるにしても、取消権の行使を制限すべきほど本件処分の取消によつて原告らの信頼が裏切られるものともいいがたく、これに前記本件買収処分がされた事情を考え合わせると、本件買収及び売渡処分の取消によつて法的安定を害し又は社会公共の福祉に反するものということはできず、従つて本件取消処分が違法無効であるということはできない。

(四)  以上の次第で、被告知事がした本件買収ならびに売渡処分の各取消処分が無効であるという原告らの主張は理由がないことが明らかであり、原告らの被告知事に対する右取消処分の無効確認の請求は棄却を免れないものである。

三  時効取得についての判断

原告らは、さらに、仮に被告知事のした本件各取消処分が有効であるにしても本件各土地は原告らにおいて時効により取得しているとして取得時効を援用し、その所有権が原告らに帰属していることを主張するので判断する。

およそ取得時効が完成するためにはまず原告らが本件各土地を所有の意思をもつて占有を始めることが必要であるところ、右占有の始期について、原告らは昭和二二年一二月一日と主張し、前認定事実によれば、すでにそのころより原告らがそれぞれの売渡しを受ける予定地を被告佐々木から明け渡され耕作を開始して占有していたことが明らかであり、また原告ら各本人尋問結果中には各原告はいずれもそのころよりそれぞれの土地の所有権が自分達に帰属したと思つた旨の供述があり、一見右原告らの主張が正しいように見えるけれども、自創法による農地の売渡処分においては売渡処分があつて初めてその所有権が相手方に移転するものであるから、売渡処分がされる前には法律上その所有権が相手方に移転することはありえないのであり、原告らにおいても、被告知事からの売渡処分もないのに、単に被告佐々木から土地の明渡しを受けて占有を開始したということだけで、いずれは原告らに所有権が移転するという予想はあつたにせよ、その時に直ちに所有権も原告らに移り完全に自分らのものになつたと考えたということは原告ら各本人尋問結果に徴しても考えられないことである。してみれば、原告らが現実に本件各土地の所有権を取得したという意思を有するに至つたのは本件売渡処分がされた時、すなわち、前記のごとく原告らに各売渡通知書が到達した昭和二四年一月二〇日すぎたころであるというべきであるから、原告らは、そのころ所有の意思を持つて本件各土地の占有を始めるに至つたものと認めるのが相当である。

そうだとすれば、原告らの主張する一〇年の取得時効は昭和三四年一月二〇日すぎころに完成することになるけれども、本件記録によれば被告佐々木は原告らを相手どり昭和三二年一二月九日本件土地が同被告の所有であることの確認、所有権取得登記の抹消登記手続ならびに本件土地の返還を求める訴(九八九八号事件)を東京地方裁判所に提起したことが明白であり、右訴により右時効は中断していることになるから、原告らの時効の主張は理由がない。

四  以上の次第で、被告知事のした本件買収ならびに売渡処分の各取消処分は有効であり、また、本件土地を原告らが時効により取得したという主張も理由がないから本件各土地の所有権は被告佐々木に帰属するものといわなければならない。

そうだとすれば、被告佐々木に対し本件各土地が原告らの所有であることの確認を求める原告らの請求は理由がないからこれを棄却すべく、しかして被告佐々木が原告らに対し本件土地が同被告の所有であることの確認を求める請求は理由があるからこれを認容すべく、さらにまた、被告下山信乃が別紙第二物件目録記載の第一および第二の土地につき、原告小山末四郎が同第三の土地についてそれぞれ被告佐々木主張のごとき登記簿上の所有名義を有していること、原告下山久蔵が同第一および第二の土地を、原告小山末四郎が同第三および第四の土地を、原告杉田粂五郎と被告杉田金作が同第五の土地を、原告小家山文蔵が同第六の土地をそれぞれ耕作のため占有していることは当事者間に争いがなく、また同第七の土地については原告小家山文蔵本人尋問の結果によると、同原告が右第六の土地と共に耕作のため占有していることが認められるところ、右登記名義を有することについての正当な権限および占有権限について右原告や右被告らにおいて他に主張立証するところがないので右各登記名義人に対する抹消登記手続、および右各土地の占有者に対する耕作物の収去土地明渡しを求める被告佐々木の請求はすべて理由があるからこれを認容すべく、なお、被告佐々木は右第一および第二の土地について右原告下山久蔵のほか被告下山信乃が、第七の土地については原告小家山文蔵のほかその余の原告ら三名もこれを耕作のため占有していると主張しているけれども、これを認めるに足る証拠がなく、右第一および第二の土地につき被告下山信乃、第七の土地につき、右原告三名に対してそれぞれその地上の耕作物を収去して明渡しを求める被告佐々木の請求理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条および第九三条を適用し、なお仮執行の宣言の申立てについては事案の性質上これを許容するのは相当でないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 清水湛)

第一物件目録

第一 東京都世田谷区烏山町一六五七番

一、畑  七畝二一歩

第二 同都同区同町一六五七番一六六三番

一、畑  二反

第三 右同所

一、畑  一反

第四 右同所

一、畑  一反五畝

第五 同都同区同町一六六〇番の三

一、宅地 五〇坪二合一勺

第二物件目録

第一 東京都世田谷区烏山町一六五七番の四

一、畑  六畝一七歩外畦畔二畝七歩

第二 同郡同区同町一六六三番の二

一、畑  一畝四歩

第三 同都同区同町一六六三番の一

一、畑  二畝一二歩

第四 同都同区同町一六五七番の二

一、畑  一反五畝外畦畔一畝二四歩

第五 同都同区同町一六五七番の一

一、畑  一反外畦畔三畝六歩

第六 同都同区同町一六五七番の三

一、畑  一反七畝一八歩外畦畔二畝二五歩

第七 同都同区同町一六六〇番の三

一、宅地 五〇坪二合一勺

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例